散文はだめだった
また名前が増えた。
またブログが増えた。
名前が増えるのはいつものことだけど、まぁ事情があって増えた。
別に名前が変わったから振る舞いを変えるとかそういうこともなく、全部一意に私という実体を指すのでどちらかというと他人からの見え方の都合で増えることとなった。
ブログのほうは誰も読者にしない、構成もメッセージもない文章をかきたくてつくった。
現在の主たるブログ(放置nヶ月)はいっても明確に誰に、何を伝えたいかを明らかにして書いている、意味のあるブログなのでごっちゃにできないなぁとおもって。
ところで、はじめ「ねこありすの散文」でブログを作ろうと思ったんだけど、散文って文学的な意味なかったっけ?と思い至ったので調べたところ
とのことで、明確にざつな文章ではないなにかだったのでだめだーってなった。
でも日記を書くつもりがあるわけでもないし....と悩んで結局今の名前になった。
それでなぜ、そんな文章をわざわざ公開で書きたくなったのか。
外に自分の思いや考えを表現する手段を持ち合わせていないからだと思う。それに危機感を持っている。
それはスキルの面でもそうだし(クリエイティブなことができればなー....)精神面でもそう。
でも、この方法だと誰かに伝わらないから外に出すだけで、伝わっていないからコミュニケーションが成立しない。それでもこのもやもやをかける場所がほしいとおもったからつくった。だから客観的な意味は無いし、期待しないでほしい。
ここまで書いたら割と書いて満足したから一旦投稿して、連投するか、追記にするか。はてなダイヤリーじゃないから連投できそうだけどどうなんだろう。